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「負担の再分配」はどうして難しいのか

 多数派の日本国民は「福祉国家」を望んでいるにも関わらず、政府には厳しい歳出削減を求め、増税に対しては猛烈な拒否反応を示し、「既得権益層」を見つけてはバッシングして増税拒否を正当化するという矛盾した世論があります。日本では「負担の再分配」は、どうしてかくも難しいのでしょうか。何度か書いてきましたが、また改めてまとめておくことにします。

 第一には、日本の社会保障制度が「官僚主導」の歴史を持っていることです。現在のような日本の社会保障制度が確立したのは1960年前後と1973年なのですが、これは完全に一部の厚生官僚と、岸信介や田中角栄といった豪腕政治家によって主導されたもので、国民がこうした社会保障政策の決定に関与したという経験や記憶はありません。この時期は安保闘争や学生運動が盛んだった時期なのですが、まったく話題になっていませんでした。このような、福祉が官僚によって上から与えられたものであるという経験が、社会保障をめぐる問題を第一義的に官僚の責任にさせ、官僚が本当にギリギリになるまで追い詰められなければ、国民が負担に応じる理由はないという世論につながっていくことになります。

 第二には、過去の分配の方法が業界・団体単位で行われてきたことです。日本の政府は国民に普遍的な社会保障を提供するよりも、地方の土建業界に公共事業を、農協(農家ではなく)に補助金を、といった形で個別的に支援を施すやり方をとってきました。「護送船団方式」などと呼ばれる、金融機関の保護・規制もこれに入れてよいかもしれません。これは政治家と官僚に必然的に「利権」を発生させやすい方法だったのですが、経済が好調で財政的にも余裕のあった時期には、政治ジャーナリストのネタになる程度で済んでいました。しかし、経済が停滞して財政が厳しくなってくると、一部の業界・団体とそれに癒着している政治家・官僚だけが得をしているだけではないか、という疑心暗鬼を生むことにもなります。結果として、こうした「利権」を解体して「無駄な公共事業」などを大幅に減らさなければ、増税には応じられないという世論につながっていくわけです。

 第三には、「企業福祉」の伝統です。日本の企業組織は社員に過酷な長時間労働を課す一方で、よほどのことがない限り解雇はせず、さまざまな住宅や子供の教育などの厚生福利を社員に提供してきました。こうした企業福祉の経験は、自分たちの生活を向上させるためにはまず企業の体力を強化することが重要であり、増税によってセーフティネットを構築するまでもないという、いわゆる「新自由主義的」な経済政策を自然のものとして受け入れる基盤となります。さらに日本は企業ごとに賃金体系や昇進システムが異なり、正規/非正規のメンバーシップによって待遇が極端に異なるため、企業を横断したセーフティネットを構築するために負担を再分配するということへの合意の獲得が、どうしても難しくなります。

 最後に、労働組合の組織力が弱い上に、企業別に組織化されていることです。北欧の福祉国家は労働組合の組織力が極めて高く、そのことが社会保障を充実させるかわりに賃下げや増税にも応じるという交渉力を可能にしてきたのですが、日本の場合は労組が企業ごとに分断されていることもあり、せいぜい個々の企業で賃金のベースアップや雇用維持を確保する程度の力しか持っていません。言い方は悪いですが、日本の労組は経営者に「おねだり」をするくらいのことしかしてこなかったし、またできないのです。

 日本国民は負担の再分配自体を嫌がっているわけでは決してありません。実際、世界に類を見ない日本人の長時間労働は、個々の労働現場においては人々が負担の分配をいとわず引き受けていることの証拠です。しかし、この精神が「自分はこんなに身を切って働いているのに」という自意識となり、国政レベルではかえって公務員などへのバッシングを引き起こしているように思います。個々の現場で発揮している負担の再分配を、全体につなげていくことができないだろうかというのは、常々考えるところです。

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