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「経済成長」の構造転換

  またしつこく「経済成長」について。簡単な頭の整理として書き始めたら、ついつい長くなってしまった。

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 1973年のオイルショック以降、日本の高度成長自体は終わりを告げることになると同時に、経済成長なきインフレという深刻な事態と、同年に大幅拡充した社会保障給付の負担の問題に直面することになった。そこで田中角栄が行ったことは、地方への積極的な公共事業によって全国的な規模で雇用と消費の拡大を促し、経済成長を持続させることであった。80年代末のバブル景気にも乗る形で、当時はこうした政策が大きく問題視されることは基本的になかった。政界や財界では「日本型福祉」や「日本型経営」がもてはやされ、社会保障の問題が話題に上ることはほとんどなかった。

 しかし90年代の長期不況の中で、この手法の行き詰まりは誰の目にも明らかになった。空港や高速道路から文化施設に至るまでのインフラ建設が、景気の拡大循環を促すという幸福な時代が終わり、道路や施設は利用者がほとんどいない「ハコモノ」として大きな批判の的になり、地方の住民にとっても一部の業界以外は公共事業の恩恵を感じることがほとんど少なくなっていった。そして、国債発行と社会保障費の増大による財政赤字の問題に悩まされるようになった。

 この時点で、経済成長が社会のなかにある矛盾を全て洗い流してくれる、という幻想から完全に決別すべきであった。具体的には、増税による負担の再分配によって来るべき少子高齢化社会への対応を図ると同時に、完全正社員雇用の社会が不可能になったことを直視して、雇用保険と所得保障を拡充していくべきであった。しかし、日本が採った政策はそれとは異なる「構造改革」による経済成長路線であった。つまり、規制緩和と民営化によって新規参入を促し市場競争を激化することによって、新しい産業が生み出され経済成長ができる、それによって増大する社会保障費の財源も充実するようになるというものであった。

 しかしこの構造改革路線は、結局のところ公共事業と同じで、問題の先送りを行ったに過ぎなかった。2000年代に「経済成長」を果たしたものの、ほとんどの人にとっては実感が乏しかっただけではなく、医療・社会保障の財源問題はむしろいっそう深刻化していった。とくにデフレの中の規制緩和路線は、消費サービス業を中心とした過当競争を招き、単純労働者の低賃金化を招いた。このように、市場競争の激化と消費能力の低下が同時に襲ったために、制度上は飛躍的に自由が増大にしたはずなのにも関わらず、社会全体にはかえって閉塞感が蔓延するようになった。

 だから、経済成長論に対する国民の倦怠感それ自体は、非常に健全で自然なものである。それは、公共事業と構造改革による「経済成長」の手法が、無残に失敗したことの経験に基づいているのであり、そして「経済成長」だけでは現在直面しているさまざまな問題を解決できない、という当たり前の現実にようやく気がつきはじめただけに過ぎない。特に一部の高所得者層以外の人々にとっては、「経済成長」という正論によって、現実に生活が楽にならないことへの不満を黙らせられてきた、という思いを抱えている。経済成長路線を、道徳的あるいは文明論的に批判するような、専門家にとってはナンセンスな議論に新鮮さを覚え、それに深く共感してしまうとしても、それは決して不思議なことでもなんでもない。エコノミスト・経済学者たちは、民主党には成長戦略が欠けていると批判するが、それは経済音痴というよりも「経済成長」という言葉のネガティブなイメージのためにスローガンとして使えなくなってしまったからであり、その責任の大部分は「経済成長」という言葉を錦の御旗のように乱暴に振り回してきた彼ら自身にあると言わねば成らない。

 問題は、この経済成長への批判が「負担の再分配」という道に進む気配が一向にない(制度的には大して難しくないにも関わらず)ことである。むしろ、「経済成長」による解決法の行き詰まりのなかで、「税金の無駄遣い」というものが槍玉にあがるようになっている。天下りは90年代から批判の的になっているが、それはあくまで官民癒着の問題としてのみ批判されていた。「税金の無駄」も批判されてはいたが、それも「視察旅行」のような、明らかに緊張感を欠いた税金の遣い方をしている事例についてであった。

 しかし、今言われている「無駄」というのは、公務員宿舎が贅沢、給与水準が高い、仕事もしていないのに人員が多すぎる、そして「接待タクシー」のような微細な問題を過大に取り上げる、といったものになっている。私に言わせればほとんど「言いがかり」の部類であるだけではなく、しかも今の財源問題を解消するには、話にならないほど規模が小さすぎる。これは要するに、深刻な無駄があってそれが問題になっているというのではなく、政治家やマスコミが懸命に「無駄」がないかを虫眼鏡で探し回っているからである。しかし、政治家やマスコミがそうなってしまうのは、何より国民がそうした「税金の無駄」が大規模な形で存在していることを、実のところひそかに望んでいるからに他ならない。これだけ財源、財源ということが問題になっているのに、「増税」を口にしただけでヒステリーのような拒否反応示す人が、依然として国民の大多数というのが現状なのである。

 この背景にあるのは、日本国民の間にある根深い被害者意識である。構造改革路線が支持されたのも、要するに不況と市場競争で苦労していない既得権層を懲らしめてほしい、というルサンチマン以上のものはなかった。だから構造改革の主導者たちが「既得権層」の顔を見せはじめれば、容易にバックラッシュが起こることは自明であった。今は、官僚から企業正社員に至るまでの「既得権層」を無目的に叩くという、際限のない足の引っ張り合いになっている。「税金の無題遣い」の報道に接すると、普段は物言わぬ労働者である国民が途端に元気になるのは、この「既得権層」というわりやすい悪役の登場によって被害者感情が満たされるからに他ならない。

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 まとめると、高度経済成長の終焉の後に、社会保障費を中心とする行政コストの問題を、どう解消していくかということが、この30数年における日本政治の中心的な課題であった。これに対して、日本の政治が選択したのは「成長戦略」によるコスト問題の解消であった。つまり、70年代から80年代にかけては地方への公共投資による、90年代後半以降には規制緩和と市場競争による経済成長の持続という戦略によって、増税という国民的に不人気な政策を回避し、社会保障の財源を調達しコストを抑制することができると期待されていたのである。そして2000年代末になって、この二つの経済成長路線の無残な失敗を経験した日本国民は、「経済成長」自体への不信感を高めると同時に、社会保障費の財源問題の残された手段として、微細な税金と行政の「無駄」を過剰に問題化して削減するというアプローチに傾倒している――これが現在の段階である。

 今言われている「無駄の削減」路線は現実性がない上に、その背後にある感情が被害者意識でしかなく、公共部門の縮小が最終的に社会的弱者への再分配を困難にすることが予想されるという意味で、倫理的にも極めて問題が多いものである。しかしだからと言って、「経済成長」でこうした被害者意識を吹っ飛ばす、などというアプローチも全く話にならない。経済成長は絶対になくてはならないが、それは成長の全くない資本主義社会が明らかに不健全で不自然(つまりどこかで国民に無理な負担を強いる)であるという意味であって、「いまより飛躍的に豊かになる」とか、あるいは「国際競争に打ち勝つ」とか、そういう意味における「経済成長」は終わらせなければならない。

 社会保障制度の運営には最低限の経済成長が不可欠だが、経済成長が社会保障の財源問題を根本的に解決してくれるわけではないし、成長戦略は社会保障との連関抜きに構想できるものではない。この当たり前のことにたどり着くまでに、日本は30年もかかってしまったことがなんとも悔やまれる。

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