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日本社会の「岩盤」への皮膚感覚

脱貧困の経済学-日本はまだ変えられる
Book
脱貧困の経済学-日本はまだ変えられる
著者 飯田泰之,雨宮処凛
販売元 自由国民社
価格(税込) ¥ 1,500

 飯田泰之氏と雨宮処凛氏という、肩書きだけで言えば実務派経済学者と貧困運動家という、従来なら絶対に交わることのなかった二者の異色対談本である。

  この対談は、前回の『経済成長って何で必要なんだろう』と同じように、飯田氏が「経済成長」に不信感を抱く人々に届く言葉を見出すための試みの一環として行われたものである。今回は飯田氏の論調が雨宮氏に必要以上に寄り添っているような気もしたが(私の誤解だったのかもしれないが)、前回の本よりも初歩的な経済学のエッセンスがコンパクトに理解できるようになっていて、個人的にはとても面白くて勉強になる本だった。まとまった批評はちゃんと読んでからということで、今回は飯田氏が雨宮氏と共有しているという、日本社会の「岩盤」への批判意識について簡単に思ったことを記してみたい。

 「岩盤」に対する批判意識については、私も飯田氏と多くのものを共有している。しかし、それを端的に自分の外部のものと突き放せて批判できてしまうのと、自分に近いところにある、あるいは自分の中にも潜在しているという自覚があるのとでは、天地の開きがある。湯浅誠氏や雨宮氏は、日本社会の「岩盤」の否定的な面を生々しく描き出す一方で、それを単純に突き放して否定したり見下したりするようなことも決してない。それは、自分が日本社会の一員として、そうした「岩盤」と遠く離れたところにいるわけではないということが、理屈というよりも現場の皮膚感覚でよくわかっているからだろうと思われる。こうした皮膚感覚の、特にネガティブな面を全面的にさらけ出した議論を展開しているのが、赤木智弘氏といえるだろう。 

 日本社会の「岩盤」を批判した第一級の人物といえば、まさに丸山眞男が思い浮かぶ。丸山はこの「岩盤」の存在を徹底的に忌み嫌い、それを西欧的な社会科学の言語で批判した一方で、強烈な戦争体験もあって、こうした「岩盤」の存在を皮膚感覚においてもよく理解していた人物であった。後の多くの「日本人論」は、議論自体は丸山よりも洗練されていたかもしれないが、やはり丸山のほうに圧倒的な魅力を感じるのは、日本社会の「岩盤」を自らのものと引き受け、それと真正面から格闘している様子が行間から滲み出ているからである。

 それに対して、飯田氏というよりも今の多くの主流派経済学系の人や、あるいは啓蒙臭の強いある種の左派系の知識人に感じる違和感は、そういう「岩盤」をあっけらかんと簡単に突き放して批判・否定してしまえる点にある。例えば、経済学者は「同一価値労働同一賃金」とか「ベーシックインカム」とかいう解決法を簡単に提示できてしまうのだが、これを実現するに当たって突き当たる「岩盤」の厚さを直視し、それを克服することの困難や絶望感を潜り抜けた上でそう言っているようには全く思えない。それどころか、困難に突き当たると「既得権益層のせい」などと責任を外部に放り投げてしまったり、素人に対して「経済を知らない」などと大上段的な説教にはしってしまったりということがしばしばある。飯田氏はさすがにそうではないが、氏の文章や語りから日本社会の「岩盤」への皮膚感覚があまり感じられないこと、そのことが氏の議論に対する私の根底的な不信感を構成していることは確かである。

 「働くもの食うべからず」的な、非正規労働者や無業者へのバッシング的な主張に対しても、どこかに「いとおしさ」のようなものが必要だと思っている。というか、私はそうした無知・無理解な物言いのなかにも、どうしても「いとおしさ」を感じてしまうのである。

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(9/1)

確認したらこの本では「岩盤」ではなく、「世間」になってましたので訂正します。ただし本文はそのまま「岩盤」にしておきます。

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