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「切羽詰らないと人は真面目に働かない」という発想について

民主党が最低賃金千円をマニフェストに掲げていることに対して、この非現実性が批判されている。私は最低賃金より雇用保険と生活保護、職業訓練の拡充などのセーフティネット整備のほうが先だと考えているが、最低賃金自給千円というのはOECD平均で見ても決して高いものではなく(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1890.html)、すくなくとも非常識なマニフェストでは決してない(民主党のマニフェストで非常識なものはほかにたくさんある)。労働法の専門家である濱口桂一郎氏がこの問題について、堀江貴文を批判している。

ホリエモン氏のたまわく、

http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10298690710.html(民主「最低賃金千円」、マニフェストに明記へ)

>隔世の感がありますな。私がライブドアの起業のきっかけとなった、コンピュータ会社でのアルバイトの最初の時給が900円でした。なんだか、最低賃金がどんどん高くなって生活保護支給金も高くなったら、がんばって働いて生活水準を上げていこうとかそういうモチベーションは、なくなるんじゃないのかなあ。

(中略)

いやまあ、最賃1000円というのは、今すぐという話としてはいささか無茶ですが、それは中小零細企業の支払い能力との関係で漸進的に行かなければいけないというリアリズムな話であって、最低賃金を上げれば上げるほど働く意欲がなくなるなんてトンデモ理論を振り回すおっさんがいるとは思わなかったですね。

ホリエモン氏にとっては、働かないで生活保護で生活する方が豊かな生活ができて、フルタイム精一杯働いても生活保護の水準にも達しないという現状の方が、働く人の方が働かない人よりもたくさん稼げる社会よりも、人々の働く意欲をかき立てるんだそうです。なんと倒錯した素晴らしき世界でしょうか。http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-46db.html

濱口氏に反対するわけではないが、切羽詰まらないと人は必死に働かない、というよく言われる俗説はある種の真理を含んでいるとは考える。

問題は、だから苛酷な労働環境を放置してもよい、むしろ経済の活性化のためには望ましい、などと言ってしまってよいのかどうかということである。つまり、刑務所の環境を悪くしておくことで犯罪を減らすみたいな手法を、一般社会にまで適応してよいのかという問題である。さらに言えば、刑務所が強制労働施設だとすると、一般社会を強制労働施設のようなものにしてしまってよいのかという問題なのである。働くことのモチベーションが、いつまで経っても「今のひどい状態から脱出したいという」という性質のもので、果たしてよいのだろうか。

やはり私はよくないと考える。少なくともそれは、発展途上国型のモチベーションであって、いったん豊かな社会を経験してしまった日本のような超低成長社会では、労働市場から撤退する人を増やしていくだけであろう(そして実際そうなっている)。それにしても、堀江のような人が、むしろ団塊世代が言いそうな古臭い労働観を素朴に語っていたことには、少々驚かされたし、また失望した。

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