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開発主義国家としての「大きな政府」

前回の続き。

 前回、日本が「小さな政府」であることを述べたが、ではアメリカやメキシコに似ている社会なのかと言われれば、やはりそうではないことは明らかだろう。逆に、日本は体感的には「大きな政府」だと思っている人は多いはずである。この理由についてここで簡単に論じておきたい。

 その答えを先に言ってしまうと、高度成長期以来の「開発主義国家」と呼ばれるものの遺産に基づくものによるものである。韓国も中国も、税収の再配分の面ではかなりの「小さな政府」である一方で、国民は体感的には「大きな政府」というイメージを強固に持っていると考えられる。これは後発型の経済成長、特に「開発独裁」体制をとってきた国に共通している問題ではある。

 日本の開発主義国家体制の第一の側面は、官僚主導型であるという点である。他の先進国では、福祉国家と社会保障制度は労働者や農家の利害を代表する左派政党を通じて推進されてきたが、日本では1950年代末以降、西欧型福祉国家へのキャッチアップを目標として、国家官僚の主導の下で行われてきた。当時の保守政党の関心は安全保障問題であり、社会主義への対抗であって、社会保障の問題には元来無関心であった。社会保障制度の構築は、保守政治家にとってはあくまで社会主義への対抗軸として支持したに過ぎず、むしろ当初は左派勢力のほうがこれに批判的であったのである。だから多くの国民にとって、社会保障給付は自ら勝ち取ったという意識は全くなく、ほとんど「天から降りてきた」ものであった。

 第二の側面は、公共事業政治である。開発主義国家体制は、本当なら高度成長期が終焉した1970年代半ばが曲がり角であり、実際、他の先進諸国の多くはこの時期を境に増税による公的な社会保障制度の充実という「大きな政府」への道を選択していくことになるが、日本でそうならなかった理由の一つは、地方への公共事業の展開によって雇用と需要を創出し続け、失業問題を緩和したことによる。公共事業というと「無駄」や「利権」という冠詞がつくくらいだが、1980年代までは後進地域への再配分政策として、それなりに上手く行っていたことは否定できない。

 そして第三には、企業福祉である。日本の企業組織はよく言われるように、労働者を専門職業人としてではなく、新卒一括採用など企業組織の正式なメンバー=「会社員」にして、社内における「先輩/後輩」の上下関係をスムーズに作り出して統率をはかるという人事管理方式をとっている。「規制緩和」が声高に叫ばれた時代にも、この方法はほとんど改革されることがなかったという意味で、非常に強固なものがある。そして企業は、社員のさまざまな公的保険や年金をある程度まで肩代わりするという形で、日本の社会保障制度のかなりの部分を担ってきた。こうした組織のあり方は、もともとは官僚組織の模倣に由来するものであり、この意味で日本がその現実以上に「官僚社会」であるというイメージを創り出している。

 以上のような、「官僚主導」「公共事業」「企業福祉」によるセーフティネットがそれなりに分厚かったことが、日本が統計上・制度上は「小さな政府」でありながら、体感的には「大きな政府」である現実をつくりだしてきた。今の日本では、大阪府知事や民主党に典型的であるように、福祉の充実を掲げながら税制や行政規模の面では「小さな政府」を目指すという方向性が、特に矛盾も感じられることもなく大きな支持を得るという構図になっている。これは必ずしも不思議なことではなく、「官僚主導」「公共事業」「企業福祉」という旧来の開発主義国家体制が、統計上・制度上は「小さな政府」でも分厚いセーフティネットを構築してきたという「成功体験」に基づいているのである。

 そして、この成功体験を強く共有している高齢世代の世論が、人口規模や投票率の面において政治的に反映されやすいという構造がある。そのため、セーフティネットの再建という課題に対して、増税による行政などの公共部門の体力強化という標準的な方法が、理屈としては理解できても実感として納得できないという結果になるのである。 

 たぶんまだ続きます。

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